参考 : 大綱案関連文書

2008 年 7 月、厚生労働省のパブリックコメント 案件番号 495080050 ( 2008.6.13 - ) 「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見募集にパブリックコメントを提出した後、各所への意見具申に出した文書等を保存しておきます。

全国医師連盟宛

2008 年 10 月 31 日、厚生労働省で、第 15 回目の「診療行為に関連した死亡に係る原因究明等の在り方に関する検討会」が開催され、これまでのパブリックコメントで反対意見や慎重意見を表明した団体からのヒアリングが行われました。

この時に呼ばれた 3 人の参考人、日本麻酔科学会 並木昭義理事長 ( 札幌医科大学教授 )、日本産科婦人科学会 岡井崇常務理事 ( 昭和大学医学部教授 )、日本救急医学会 堤晴彦理事 ( 埼玉医科大学総合医療センター教授 ) に宛てて、全国医師連盟が厚生労働省医療安全調査委員会設置法案大綱案に対する反対意見を届けることになりましたので、その反対意見の中に私見を取り入れて頂けるように、以下の 2 点について、具申しました。


第三次試案においては「医療関係者等の関係者が、地方委員会からの質問に答えることは強制されない。」とされているが、大綱案においては記載されていないのではないか。

厚労省
第三次試案における「医療従事者等の関係者が地方委員会からの質問に答えることは強制されない。」との記述については、大綱案においては、第30において、地方委員会による報告の求めに対して虚偽の報告をした場合や、検査を拒んだ場合などには罰則を設けているのに対し、質問や報告の求めに応じなかった場合については罰則を設けていないことにより対応しています。
私見
厚労省の解説では、虚偽の報告、検査を拒むという事例は、報告や回答を拒むことを包含していると解釈することができるし、そのように運用される恐れがある。
そもそも、誠実な報告は科学的調査の基盤であるから、罰則を設けて強制することも適さず、隠匿、虚偽の報告を許容することも適さない。
供述記録は、供述者の同意がない場合には、
1. 開示できない、
2. 裁判の証拠として用いることができない、
などととして、誠実な報告を確実に得ることを実現する制度を設計すべきである。
その上での隠匿、虚偽の報告は、警察捜査に付するなど何らかの追求を行い、疑わしきを明らかにするようにすべきである。

地方委員会から警察への通知を行うもののうち、「標準的な医療から著しく逸脱した医療」の定義はあいまいであり、明確化すべき。

厚労省
「標準的な医療から著しく逸脱した医療」に該当するか否かは、個々の事例ごとに、病院等の規模や設備、地理的環境、医師等の専門性の程度、緊急性の有無、医療機関全体の安全管理体制の適否(システムエラー)の観点等を勘案する必要があります。
例えば、緊急的に行う医療であって、専門外の医師が行わざるを得ない場合や、傷病の経過等の把握が十分にできない状況で行わざるを得ない場合など、医療の行われた状況を十分に踏まえて判断する必要があるものと考えています。今後、一定の指針を定めることを考えていますが、このように、行った医療の評価については、最終的には医療の専門家を中心とした地方委員会が個別具体的に判断することとなります。
私見
警察通知は刑事手続の端緒となりうるのであるから、警察通知事案については、曖昧な除外的な規定ではなく、以下のような明示的な規定とし、通知する対象を限定するべきである。
・故意
・故意に近い著しい不作為
曖昧な理由で刑事手続が発動することは、刑法が謙抑的であるという前提に矛盾する。
現在、単純過失は「標準的な医療から著しく逸脱した医療」に該当すると厚労省担当官は言明しているが、高度で専門的な判断というケースとともに、単純過失もシステムの検証が重要視されるべきである。
したがって、単純過失も、まずは委員会の調査に付すべきである。

日本医学会、日本医学会傘下各学会宛

2008 年 7 月 28 日に、日本医学会が大綱案に関して公開討論会を開催しました。このとき、日本医師会木下勝之常任理事が、大綱案に賛成で医学会の意見集約を図る恐れがありましたので、その直前、2008 年 7 月 25 日に、日本医学会とその傘下の 93 学会に意見具申をしました。

実際の文面は、日本医学会宛と私が所属する学会宛には、少しだけ言い回しが異なるものを送りました ( 日本医学会宛のもの pdf 168KB )。

89 学会には、以下のものを送りました。


会長(理事長)先生 会員諸先生 侍史

拝啓

時下、貴会の皆様方におかれましては、ますます御清祥のこととお慶び申し上げます。

次週7月28日(月曜日)、日本医学会が主催する診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会に関しまして、一医師としまして、危惧するところがございます。ここに愚見を申し上げ、この討論会の危険性をお伝えさせて頂きたいと存じます。

厚生労働省が先月発表しました医療安全調査委員会設置法案大綱案ですが、日本医師会やいくつかの医学系学会、患者さん方が主催される諸団体、そして自由民主党がその成立を推進しています。

この法案の議論のはじまりの頃の厚生労働省第二次試案から、大綱案に至るまでも、厚生労働省が提示する考え方は、大きな問題点をいくつか内包したままです。

  1. 医療に関連して起こった不幸な出来事に対し、刑事訴追の手続が適用されることを、法的に、そして明瞭には、抑制していません。
  2. 厚生労働省は、強力な調査権限を持つとともに、行政処分、刑事告発の権限を一手に握ることになります。
  3. 調査結果が刑事手続に用いられることを想定しているのにもかかわらず、黙秘権が明確には担保されていません。刑法や、憲法をも凌駕するものになっています。
  4. 調査結果が民事裁判の証拠に用いられることを想定しています。これは、現在の民事裁判での原告側の証拠収集を肩代わりすることでもあります。それとともに、患者さん側を代表する立場の参画者を規定しています。
  5. 警察が独自に事件を覚知して、または告発により、捜査を開始することには、変わりはありません。刑事司法が動き出しましたら、医療安全調査委員会(または調査委員会)は、無力です。

これらの問題点は、医師からも法律家からも指摘されています。私自身も第二次試案、第三次試案、大綱案を精読し、これらの問題点に気付きました。

これまで厚生労働省や日本医師会が医師を説得しようとしてきた言葉には、いくつかの誤りが見られます。

  1. 第三次試案の段階で、日本医師会常任理事木下勝之先生は、厚生労働省と法務省・警察庁との間で刑事手続は抑制されるという明文化した約束があると説明されました。しかし、そのようなものがないことは衆議院の質疑で明らかになりました。
  2. 第三次試案の Q and A に書かれた一行の文言が、刑事手続を抑止するものだと説明されました。これは厚生労働省佐原康之医療安全推進室長もそのように説明されました。しかし、刑法、刑事訴訟法を改正することなくそのようなことがありえないことは明白ですし、これもまた、衆議院の質疑や元検察官のコメントで明らかにされています。
  3. 第三次試案や大綱案で法制度ができたら福島県立大野病院産婦人科で起こったような事件は二度と起きないという説明がよくなされていますが、この件は、福島県警大野警察署が報道で事故を知り、独自に捜査を開始したものです。第三次試案の Q and A など、全く抑止にはならないことが明らかです。

去る4月24日の日本医師会都道府県担当理事連絡協議会では、日本医師会は、第三次試案で内部の意見を集約しようとされましたが、このときは反対意見や慎重意見が出され、集約はなされませんでした。日医ニュースでは都道府県医師会の8割が賛成と報道されましたが、実態はそうではありません。

第三次試案が示された段階で既に法案ができていたことは、与党国会議員のコメントでも明らかであり、法案の内容自体も、第三次試案の段階で報道されました。しかし厚生労働省は、法案はまだできておらず、第三次試案を基に大綱案を作り、法案を作っていくような説明をしています。

内容の危険性、過程の不透明さ、両方の大きな問題点をはらんだ大綱案なのです。

これが制度化されましたら、次のようなことが危惧されます。

  1. 医療事故の充分な、正確な調査はなし得ません。誠実な報告がなされないシステムであるからです。
  2. 不充分、不正確な調査結果では、医療側にも患者側にも、納得が得られることはありません。医療事故の再発防止に役立てられることもありません。
  3. 刑事民事での個人の責任の追求に与し、医療の現場は今以上に混乱します。
  4. 厚生労働省の権限は強大なものになります。
  5. 高度な、リスクの高い医療の場から医師は去らざるを得ません。医療の現場は萎縮し、医療の進歩は阻まれます。それとともに、医師は自律を奪われます。すなわち医療は後退し、モラルは失われます。

7月28日に日本医学会が開催する診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会で、医学界の意見集約が図られるかと拝察いたしますが、先生方におかれましては、今一度、大綱案やそれまでの議論についてご賢察くださり、この討論会で賢明なご判断を下されますことを切にお願い申し上げます。

末筆ながら貴会のますますのご発展を祈念申し上げます。

敬具

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