大綱案パブリックコメント
2008 年 7 月、厚生労働省のパブリックコメント 案件番号 495080050 ( 2008.6.13 - ) 「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見募集に出したものです。
- http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=495080050&OBJCD=&GROUP=
- 医療安全調査委員会設置法案大綱案 2008.6 pdf ( pdf 保存 348KB )
- 提出したパブリックコメント pdf 212KB
「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に対する意見について
医療安全調査委員会設置法案とその基になるものとされる大綱案の成立、制度化に反対します。
目次
- 反対の理由
- 1. 処罰を重視する厚生労働省の方針は、医療にとってマイナスである
- 2. 第二次試案の問題点がそのままである
- 3. 厚生労働省の言行は信用できない
- 4. 業務上過失は適用すべきでない
- 提案
- 1. 総論
- 1-1. 医学の結果は医学で判断する
- 1-2. 省庁横断的議論と議員立法
- 1-3. 諸外国の医療事故・航空機事故調査制度
- 2. 法改正について
- 2-1. 診療行為に関連した死亡及び死産について、医師個人の届出義務を免ずる
- 2-2. 医療に関連した不幸な出来事の刑事訴追のための特別法を設ける
- 2-3. 証拠の取扱のための法規定を定める
- 3. 調査制度について
- 3-1. 報告システムについて
- 3-2. 調査機関のありかたについて
- 資料
反対の理由
1. 処罰を重視する厚生労働省の方針は、医療にとってマイナスである
医療関連死を医師法第21条でいうところの異状死に含め、届出と処罰の対象とすることについては、日本法医学会のガイドライン [1] や最高裁判所の判決 [2] だけでなく、厚生労働省が作成したリスクマネージメントマニュアル作成指針 [3] が大きな役割を果たしました。このとき以来、医療関連死が警察に届け出られる件数が飛躍的に増えました [4,5]。
その後の厚生労働省における施策や議論を拝見しまして、行政処分を強化する方針が伺われますとともに、医療の結果を刑事司法への手続につなげる、すなわち業務上過失致死傷罪を医療に関連して起こった不幸な出来事に適用することを是としていると思われます。
処罰の強化は、諸外国の航空機事故や医療事故の調査制度や再発防止策を顧みまして、医学医療の向上に資するところは乏しいものであり、医療の現場を混乱させ、医療を破壊するものです。
2. 第二次試案の問題点がそのままである
第二次試案(医療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案)には、処罰の強化を基本としていて、以下に挙げるような問題点がありましたので、反対の意見を申し上げました。
- 調査報告システムが責任追及に直結し、正確で充分な調査はなし得ない。
- 再発防止と医学医療の発展に役立てられることはない。
- 患者側の納得が得られることはなく、患者側と医療側の間の溝は埋まらない。
- 調査、処分、告発の権限が厚生労働省に集中する。
- 刑事訴追への入口が現在よりも拡大し、刑事手続を何ら抑制しない。
- 医療の現場は今以上に混乱し、医療破壊を加速する。
第三次試案(医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案)では、第二次試案での処罰強化という理念を他の言葉で覆い隠してみたものの、第二次試案と同様の問題を内包したままとなっていて、このときも反対意見を申し上げました。
大綱案では、第三次試案の時に盛り込まれた文言を部分的に用いているものの、第二次試案と同様の問題を抱えたままであり、第三次試案よりも、処罰強化という面で、第二次試案に後戻りしたものと思われます。
3. 厚生労働省の言行は信用できない
第二次試案をもとにしつつ、2007年末、すでに法案作成作業が進められていたこと、2008年5月の時点でほとんど国会に提出可能な形までに法案が出来上がっていたことは、与党国会議員の発言、報道、日本医師会理事会録などから明らかです[6-8]。大綱案の理念が第二次試案そのままであることも、これを裏付けています。
しかし、厚生労働省担当官は、上記報道が誤りであると言明されました。
法案の案文までできているにも関わらず、第三次試案をつくりパブリックコメントを募集したこと、第三次試案でのパブリックコメントを募集しているままで大綱案を出し、この大綱案を基に法案を作ると説明したこと、これらは、あまりにも不自然です。
憲法第38条の黙秘権との兼ね合いについて、第二次試案では黙秘を認めず、第三次試案では黙秘を容認しました。しかし、大綱案は、よく見れば黙秘ができないような仕掛けがなされていると読めますが、報道インタビューで厚生労働省担当官は、黙秘を認めるとの発言をされています[9]。
この状況では、厚生労働省の言行を信用することは、はなはだ困難です。
4. 業務上過失は適用すべきでない
医療に関連して起こった不幸な出来事に対し、業務上過失の考え方をもって処罰で臨むことは、医療の根本を危うくするものです。
第二次試案では「重大な過失」、第三次試案では「標準的な医療から著しく逸脱した医療」を刑事手続に回すとしているのは、医療を、その結果をもって、業務上過失致死傷罪を適用して裁くことにほかなりません。
医療は、その結果が不確実なものでありながら、人々の生命健康のために人間の生に介入しなければならないものです。医学には限界があり、医療資源、マンパワーには限りがあり、人間は間違いを犯すものです。しかも完璧なシステムは存在しません。医療にはリスクがあり、不幸な出来事を防ぎ得ない限界があるのです。その限界のところを過失と捉えて、処罰が医療にフィードバックされるなら、医療者を刑事訴追へと追いやるなら、医療は社会に存在することができなくなります。
提案
1. 総論
1-1. 医学の結果は医学で判断する
医学の結果は医学で判断するようにするのです。現在は、医学の結果を法が判断しています。大綱案までの試案、法案も同じです。このことは、医療水準を法が規定するということであり、年々、医学と法の乖離が大きくなっています。その結果、医師が、自然科学である医学を、法に無理矢理合わせざるを得なくなっており、人々の生命健康にとって矛盾が拡大してきています。これが医療を破壊する重要な因子の一つとなっています。
航空機鉄道事故などと同様、医療事故は、これまで被害者の利益を考えて刑事責任の追及が行われてきたとされています。医療に関連して起こった不幸な出来事を調査究明する仕組みが医療制度に備わっていなかったために、それを司法が行ってきたとも言えます。
法が医療へ介入しすぎないように、医療で起こったことの究明は、司法に任せず、医療者自身で行うようにするのです。社会全体の利益、日本で暮らす人々の生命健康のために、大局的な観点に立って、医療に関連して起こった不幸な出来事の調査究明、再発防止、医学医療の発展のための新たな枠組を検討すべきです。
法制度が医学を規定する事例は、現実には数多くあります。医学を無法地帯にしてはいけませんが、法が医学を規定するあまり、人々の生命健康が損なわれては、本末転倒です。そこで、以下のことを提案します。
- 医療に関連して起こった不幸な出来事には、純粋に科学的調査を行う。
- 医学の結果を医学で判断し、結果、すなわち得られた科学的知見を医学にフィードバックし、人々の生命健康に役立たせるようにする。
- 医学が暴走しないように、法は手続を監視する。
- 処分や家族への対応は別の組織が担う。
1-2. 省庁横断的議論と議員立法
厚生労働省が単独で、自省の権限管轄内の法律のみを触っていても、刑事司法は変わりません。むしろ医学を法に合わせようとする矛盾が拡大しています。
厚生労働省は、もちろん医学界も、法務省警察庁などと充分協議し、その上で各省庁で一体的に法律を整備し、制度を設計するべきです。そこには、医療における業務上過失罪の適用の見直しの、特別法による手当などを含めた検討も含めることを望みます。
これには、超党派の国会議員による立法が必要だと思います。
1-3. 諸外国の医療事故・航空機事故調査制度
民間航空や医療の安全の向上のために、諸外国で様々な取り組みがなされています。これらは、日本に暮らす人々の生命健康に役立つ知見を与えてくれ、わが国の医学医療の安全や発展のために大いに参考にすべきものです。
航空機事故にせよ医療に関連して起こった不幸な出来事にせよ、原因を究明し再発防止策を講じることが、人々の利益になるのです。そのために調査制度があり、調査で大切なことは、当事者の誠実で正確な報告です。再発防止に最も大切なことは、個人の処罰ではなく、システムに潜む問題点の改善です。これらの機能は、他からの干渉を受けず、独立して機能することが必要です。
民間航空の場合、ICAO(国際民間航空機関)はSafety Management Manualを策定し[10]、日本も批准している国際民間航空条約の第13付属書(ICAO Annex 13)には、航空機事故調査が定められています[11]。
WHO(世界保健機関)は、医療の安全のためのプログラムを策定し[12]、これには日本も参加しています。それとともに調査報告と再発防止のためのガイドラインを定めています[13]。
これらに共通している事故調査と再発防止の理念は、最も大切な要点をまとめましたら、次のようなものになるでしょう。
- 報告者を保護し、調査は処罰を目的としない。
- 調査は、再発防止と安全の向上のために行われる。調査結果は他の目的に流用しない。
- 調査機関は、独立していなければならない。
ところが日本は、民間航空機事故調査ではICAO Annex 13に準じていません。航空・鉄道事故調査委員会を参考にするとしている厚生労働省は、同じ過ちを医療で繰り返そうとしています。これは、人々の生命健康のために、改めるべきことです。
2. 法改正について
いかなる形の調査機関ができるにせよ、その調査機関が刑事司法の手続よりも優先するものとなるべく、まずは、以下を明文化した法制度の改正で実現するように提案します。
2-1. 診療行為に関連した死亡及び死産について、医師個人の届出義務を免ずる。
- 医師法第21条の規定を改編又は追加し、「医師個人は診療行為に関連した死亡及び死産については届出義務を免れる」ことを定める。
- 届出は「死亡・死産に限らず」、「調査機関に対し医療機関が行ってよい」というものし、そのために健康保険法、医療法などの医師法以外の法律に規定を新設するか、または特別法を設ける。
2-2. 医療に関連した不幸な出来事の刑事訴追のための特別法を設ける。
- 刑事訴追について、業務上過失致死傷罪の適用に関しては「親告罪」とする。
- 調査機関の「刑事手続に付すことが相当」という「意見」、すなわち「告発」を起訴の必要条件とする。
- 被害届、告訴、告発があった場合、捜査機関は調査機関に通知・回付し、調査機関の「意見」が出るまでは捜査しないように規定する。
2-3. 証拠の取扱のための法規定を定める。
刑事訴訟法第 47 条の「但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない」という規定を調査機関による調査で生かすため、特別法にてその例外を「捜査機関は保有する証拠を調査機関に開示する」ことと規定する。
3. 調査制度について
これから作ろうとする調査制度では、以下のことを織り込むように提案します。
3-1. 報告システムについて
何らかの免責とともに、誠実な報告がなされるようにする。
- 供述記録は開示しない。
- 供述記録を証拠に用いる時は、証言者の同意が要る。
3-2. 調査機関のありかたについて
- 調査機関は、厳密な科学的・医学的調査を行い、調査報告書をまとめ、患者さん側、医療機関に提示する。
- 調査結果のうち、事実報告書部分のみが証拠として扱える。
- 刑事手続相当・不相当の判断を下すところまでを任務とする。
- 非専門家は調査に介入しない。法律の専門家や有識者の参加はシステムの管理監督に留め、医療を受ける立場の代表はオブザーバーとする。
- 再発防止策の確立、患者さんとご家族の支援、医療を受ける側の理解を得ること、処分などの機能は、それぞれ独立した他の組織、制度が担う。
- 調査結果は匿名化してデータベース化し、再発防止策の策定のための基礎資料とする。
資料
- 日本法医学会.「異状死」ガイドライン(1994年5月). 日本法医学雑誌 1994年 第48巻 第5号, p.357-358.
http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html - 最高裁判所. H16.04.13 第三小法廷・判決 平成15(あ)1560 医師法違反, 虚偽有印公文書作成, 同行使被告事件.
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=25125&hanreiKbn=01 - 厚生省保健医療局国立病院部リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会. リスクマネージメントマニュアル作成指針 2000年8月.
http://www1.mhlw.go.jp/topics/sisin/tp1102-1_12.html - 診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会 第13回.参考資料集(2008年3月12日). p.53.
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/03/dl/s0312-8c.pdf - m3.com 医療維新. 警察への医療事故の届け出、2007年は3割増. 2008年6月4日.
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080604_2.html - 日本医師会. 第9回理事会(2007年12月18日). 日医雑誌 2008年5月 第137巻 第2号, p.395-409.
- 日本医師会. 法案の今国会提出「結論に至らず」 - 死因究明制度で舛添厚労相 -. 日医インターネットニュース 2008年5月27日 1804号.
- キャリアブレイン. カルテ提出拒否に罰金30万円以下 - 死因究明制度の原案. CBニュース. 2005年5月22日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/16162.html - m3.com 医療維新. 臨時国会への法案提出に向け「大綱案」作成. 医療維新 2008年6月17日.
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080617_1.html - ICAO. Safety Management Manual. 1st. ed. 2006.
http://www.icao.int/fsix/_Library/SMM-9859_1ed_en.pdf - ICAO. Aircraft Accident and Incident Investigation. International Standards and Recommended Practices. Annex 13 to the Convention on International Civil Aviation. 2001.
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